Stage04-05

「生きてる……のか?」

 衝撃に備えて身を屈め、命の花火の導火線に指をかけていた王が、反射的に瞑った目を開きながら言った最初の言葉だ。
 爆音も、鈍い震動もあれど、身体には寸分の傷も入っていない。いや、確かに震動はあったが、爆発の衝撃というにはまだ生温かったか――?

「すいませんね。格納庫の入り口開いてたんで勝手に出撃しましたよ」

 情報の整理が行き届いていない、停止した王の思考に雑音のかかった声が投げかけられる。聞き覚えのあるこの声は、成瀬陽介のものだ。
 はっとしてあげた王の視線を、巨大な黒い影が覆う。
 巨人。人型戦闘機などという冗談のような機械の塊が、爆風に歪んだ盾をゆっくりと下ろした。

「あれ、開いてたっけ?」
「こじ開けたようにも見えたけど」

 今度は三咲歩とレイジ。それぞれが緊張感のない台詞とともに、唖然とする王の目の前に、巨人たちが続々と集結してくる。その言葉が示す通り、彼らの機体である人型戦闘機Saviorの納められていた格納庫の発出口は、大破を示す赤い印が点灯していた。

「レイジ、歩、黙ってろ。
 なあ王浩民。俺たちとしてもタダ飯食うのも悪くはないんだが、流石にサボってる間に死にたくはねえ。
 ……押しかけてるそいつはもう少し仕舞っておいてくれねえかな。アンタだって本意じゃねえだろ、流石に」

 王が苦笑するうちに、東堂が機体の身を屈めて出てきながら言う。
 基地ごと敵を壊滅させようとしているのも、それが潜伏する他の同志たちへの警告のつもりであることも、自分たちが核なんてものをわざわざ使いたいとは思わないことも、どうやら全て知られているようだった。

「……無茶だ」

 一寸考えた王の口から出た言葉は、なんともテンプレート通りといった言葉。
 自分だってそう思うとばかりに巨人に跨る戦士たちは笑いながら、東堂が代表して答える。

「それをやろうって馬鹿の集まりが俺らなんでね。ただまあ、自分たちのことで手一杯だからお宅の戦力は自分たちで動かしてくれ」

 信頼という名目の重いプレッシャーが、王の肩に圧し掛かる。度重なる連勝の中で身についた常勝という錆びのおかげで忘れかけていた心地よさが、身体中に流れていくのが感じられた。

「当然だ。戦闘機の援護があればうちの歩兵は負けん」
「それを聞いて安心した。――よし」

 言葉とともに、この男のスイッチが切り替わった。

「高野と俺……それと成瀬を頭に3班作る。南から突破してくる敵はT級が多いが、数はそうでもない。成瀬、柊澤を連れて対応しろ。
 藤屋とレイジは俺と前に出る。残りは高野――」
「残りは私とここの防衛に当たります。急ぎで。敵は待ってくれません」
「よし。各機行動開始。俺たちが居たのを知らなかったこと、しっかり後悔させてやれ」

 了解の言葉とともに、巨人たちが散っていく。戦闘機の名に違わぬ、大型兵器とは思えぬ速度だ。確かに、あれで戦車を名乗っていたら詐欺だろう。

「すまない、感謝する」

 苦笑しながらそれを見送り、王は自分たちの直営についた3機に通信を向けた。それに高野が応じる。

「いいえ、私たちも必死なんですよ。……死にたい人間なんていませんからね」

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 轟音、風切り音、また轟音。
 巨人が岩肌を跳ねる。飛び散った破片に友軍が巻き込まれないように気を配ってはいるが、いつうっかり吹き飛ばすかもわからない、なかなか荒い動きだ。
 足場が悪いのだから仕方ないといえば仕方ないが、だからといってこれはただ踏み壊しているだけであり、機体へただ負荷をかけているだけに過ぎない。この場に天道がいれば、わざわざ聞こえる声でため息を吐いたことだろう。

「よっしゃ! しばらく押し込められてた鬱憤を晴らすぜ!」

 着地し、柊澤が長刀と短刀の二振りを構える。
 振り回した風圧で、周囲の木々が薙ぎ倒され、岩肌がまた削られた。天道がいれば、やはり兵器の無駄な損耗を嘆いていたことだろう。
 周囲に友軍歩兵がいないことだけが救いである。

「……柊澤、他に武器は?」

 見ていた成瀬が地面を深く穿ちながら傍に着地して聞く。
 彼の目の前にいるSavior、柊澤の機体の背部に取り付けられたウェポンラックは空にしか見えず、彼の両手には数少ない近接戦闘用装備が全種類揃っている。

「え、俺なんか忘れてきたっけ?」
「ないのか……」

 なんという型破りな男だ。
 期待通り、されど希望通りではない答えに、成瀬はため息を吐く。人の上に立つ立場にある義父や東堂、天道の気分が今ならわかる気がした。

「まさか飛び道具持ってきてないのがいるなんて思わなかったな……。
 友軍が奮戦してくれてるおかげで助かってるけど、俺だけじゃ細かいのが出てきたら流石に押し込まれそうだ」

 年長ものらしくひとまず落ち着き、状況を整理する。整理すればするほど、見えてくるものは絶望的な戦況だ。レーダーの勢いだけを見た限りでも”押し込まれそう”と直感出来る戦場が、東堂曰く”そうでもない数”の戦場。
 他は自分たちより数が多いとはいえ、せいぜい1機多い程度だ。突撃砲を持たない柊澤を省けば2機分の差になるが、T級の存在を考えれば柊澤の存在も小さくはない。A級がさらに後ろに控えていることを考えれば、むしろ大きいぐらいだ。

「大丈夫だって。でかいのは俺が片付けてラピスにいいとこ見せるから」

 こちらの考えなどお構いなしに、柊澤があっけらかんと言う。この部隊には、この手合いが多すぎる。上に立つ者の気苦労も知れない。

「話、聞いてる? つかお前そればっかりだな……おっと、T級が近づいてきてる。早速出番だ」
「ん、わかった。じゃあ倒してすぐ戻る!」

 最大戦速で柊澤が成瀬の視界から消える。消えるといっても実際に消えるわけでもなく、撃てば届くような距離ではあるが、飛び道具のない柊澤から見ればその距離は十二分に遠い。友軍もいるが、砲撃するには拠点に近すぎ、歩兵ではむしろ気を使わざるを得ないおかげで邪魔になってしまう。
 随伴歩兵が必要ない。これが戦場において、Saviorが戦闘機であり、戦車とは大きく違う点だといえるだろう。
 故に、僚機がいなくなった今、成瀬陽介はこの戦場で一人だ。ひとつの判断ミスが致命傷になりかねない場所に立っている。その意識が、冷たい空気となって首元に纏わりついた。

「熱源確認。カバーリングに入る」

 誰に、というわけでもなく成瀬は宣言しながら、盾を前面に構えて大きく跳躍する。
 まるで、迫る死神の鎌から逃げるように――

 ――そう、死神はすでにすぐ傍にいたのだ。

 ついさっきと同じ程度の爆風。盾の形が変わるが、まだまだ持つだろう。わざわざ対光線防御ではなく、物理防御力を取ったぐらいなのだ。
 衝撃を殺しながら、成瀬の機体が地面へと落ちていく。体勢を整え、着地の姿勢を作りはじめた――瞬間、成瀬の視界を光の雨が占領した。