Stage04-02

 遠くで轟音が響いたかと思うと、鈍い揺れが並んだチェスの駒を揺らした。
 こういうときにマグネット式のものは便利だなと思うが、どう見ても劣勢である東堂にしてみれば、今の揺れでノーゲームになってほしかったところだ。

「何の音だ?」
「いつもの定時攻撃さ。定時ってわけじゃねーけど、毎度毎度ご苦労なこったろ?」

 駒を動かしながら聞けば、あっけらかんと返事が返ってくる。この男こそ、王浩民、難攻不落の要塞が主。なのだが、その口調はそう思わせないほど、軽率そのものだ。
 その割りに、行動は冷静かつ慎重。チェスの盤上ではそれを写したように、彼の攻めは後半、敵の攻め手を凌ぎ、戦力を削ぎ落としたころになってやっとやってくる。
 この受けの姿勢が、要塞を基点とした防衛戦にも現れているのだろう。
 ガブリエルをおっさん化したようなものだというのに、不思議な男だ。感心すら覚える東堂の目の前で、また彼の駒が盤上から取り除かれた。

「わかった。俺たちも手伝おう。タダ飯を食ってばっかりってわけにもいかん」
「いや、悪いけど引っ込んでてくれ。
 ここいらの敵はちょっとだけ学習能力ってやつがあってな。一回退けると次はそれに対応して数を増やしてきやがる。あんたら出して完勝なんか決めてみろ。次から俺たちじゃ防げなくなっちまう」

 降参とばかりに両手を上げながら東堂は言うと、向かい側に座っていた王も立ち上がる。伸びをしながらそう答えると、壁にかけてあったボディアーマーを着直し始めた。

「ギリギリで勝つのが基本ってことか」
「そういうことだなー。その見極めが結構面倒なんだが、もう慣れた。
 ってことで待機しててくれ。なあに、飯ぐらいならアンタのとこの偉い奴が送ってくるのがあるんだから好きなだけ食ってけよ」

 ボディアーマーを着終えると、王は言うことを言ってさっさと部屋を後にする。戦闘前だというのに、気負いも何も感じさせない飄々とした足取りで、だ。
 どこの戦場もみんなこんなものなのか、とどこかで見たような光景に東堂はうーんと苦笑した。

「……相変わらずここを動く気はない、と。参ったな、まだ核の話すらだしてねえってのに」

 盤上に残った駒を適当に片付けながら呟く。
 ここに来てから一週間が過ぎていると言うのに、本題である協力要請にはなかなか首を縦に振ってもらえずにいる。
 こちらが核目的で訪れているということも既にバレていることだろう。核を使わせないために頭と身体を張った人間を束ねる男がそんなことに気がつかないはずもないのだ。
 むしろ、そこで条件付けをしてくるかと思えば、それ以前の問題。彼の解答は”協力したいのは山々だが、この要塞を離れるわけには行かない”。もはや足止めにもならないような、ただ危険だけがあるここに居残るというのだ。
 気持ちはわからなくもない。自分たちの国だ、はいわかりましたと離れられるのなら、この男たちは迫りくる敵を目の前に、核を奪取して立て篭もるなんて真似を行いはしない。
 今回ばかりは相手が悪い。うんうんと一人で東堂が頷いていると、部屋の扉が開き、男が2人入ってきた。

「東堂さん、敵も来るみたいですしそろそろ帰艦しないとまずいんじゃないですかね?」

 成瀬陽介が言う。一向に進まない交渉に嫌気が差して諦めの判断を下したのか、それともヤマツカミよりも閉鎖的で薄暗いこの場所に当てられたのか。その表情には疲れの色が見える。

「なんだ。イングリッドでも恋しくなったか?」
「なんですか、それ」
「いや、同じ臭いがだな……高野も居るか、機体の状況は?」

 適当に、肩の力を抜かせるように一言だけふざけて見せてから、彼の隣、目の下に巨大な隈を作っている高野海人に話を振る。
 この要塞の整備士から見れば、Saviorは未知の異物。装甲板を取り替えたり、油を差してやる程度のメンテナンスしかできないのが当然の代物だ。
 それでもメンテナンスを怠るわけには行かない以上、少しでも整備のできるエンハンスドに任せたわけだが……案の定、高野以外に出来る人間が居なかったのだから仕方ない。東堂は心の中で彼に頭を下げる。

「応急処置程度は済んでます。まあ、動かす分には問題ないんじゃないでしょうか。たぶん」
「藤屋は?」
「本読むって言って外に出ました。たぶんもう戻ってるんじゃないですか?」

 問いかけに成瀬が答える。
 王は要らないといったが、備えるに越したことはない。そもそも、嫌な予感がする。
 東堂は無精髭の伸びる顎に手を当て、数秒だけ考えてから口を開いた。

「じゃあ成瀬、うちの若い奴ら全員つれて、そうだな……ハンガーにでも集めておいてくれ」
「外骨は?」
「着用で、だ」
「了解。じゃー先に行きますね」
「私は?」

 出て行く成瀬と入れ替わりに高野が半歩前に出る。
 今度は考える間もなく、東堂は答えた。

「俺の悪い予感は残念ながらよく当たるんだ。藤屋を連れて現状を把握してからハンガーに行ってくれ。三十分あれば足りるだろ?
 俺は先に機体まで行ってヤマツカミに連絡してくる」