Stage03-03

「始まったみたいだな」

 定期的な連絡を受けていた通信機の向こう、慌しくなった空気を感じ取りながら東堂が呟く。
 航海用のフロートを外す作業に追われているヤマツカミを先に発っていた彼らは、度重なる爆撃によって山が崩れて出来た網目状の渓谷を進んでいる。
 まるで迷路の中にいるようにさえ思えるが、彼らの進行は止まらない。流れる水のように、時に跳ね、時に地表に沿って走りながら走り続ける。

「大丈夫なんですか?」

 地面を蹴り、不安定そうな足場を跳び越しながらレイジが東堂へ問いかける。大丈夫なのか、というのは言うまでも無くヤマツカミのことだ。この少年は、ヤマツカミという”場所”を誰よりも重視しているように東堂は思う。

「知らん」
「知らんって……信じるのが仕事だとか言わないんですか」

 ざっくばらんな東堂の答えに、今度は成瀬陽介が口を挟む。面倒だなあと思いながら東堂はテキトウなかわし方を模索しながら、後続の邪魔になりそうな瓦礫を踏み砕いた。

「それは前に誰かが言ってたからなあ。同じこと2度言わなくてもわかるだろ? あとお前、前に行って歩をどうにかしろ」

 言いながら、東堂は自分よりもやや前方を走る2機のSaviorを顎で示した。

「翔君大丈夫かなあ。無理してないかなあ。あやめちゃんに誤射されてないかなあ……」
「いや歩さん俺に言われても……」
「ちゃんとご飯食べてるかなあ。洗濯物溜めてたりしないかなあ。あ、お土産どうしたらいいと思う?」
「助けてラピス……ッ!」

 ハラハラ、ドキドキ、オロオロとあらゆる擬音を機体の微細な動きで表しながら、隣を行く柊澤華蛇菜に絡んでいる。
 絡まれている側の彼は、だいぶ気が滅入っているようにも見えた。無理も無い。東堂が流して聞いていた限りでも、同じ台詞が既に10回はループしている。そしてもっと言えば、助けを求める相手も間違えていた。

「いやー……。これは無理でしょ」
「上官命令。がんばれ」

 厳密な上下関係はないのだが、こういう場合は年功序列だろう。あと経験。
 東堂は、文句を垂れる成瀬に面倒ごとを押し付けると、彼との通信を切ってしまう。さっきから、どこか自分が小学校低学年でクラスを持った教師のようにも思えた。

「何人か初めて聞く人いると思いましたけど。俺とか」
「じゃあ今聞いたろ。覚えろ」

 細かいことをいちいち気にする奴らだな……。戦闘もしていないというのに、東堂は疲労を感じながら自分を除いた年長者2人の通信回線を開く。

「ったく……これじゃ遠足だな。藤屋、高野」
「No.I'm Batman」
「ほいほい」

 返ってくる言葉に、そういえば今日は蝙蝠男だったなと東堂は隠れてため息を吐き、高野の台詞をスルーして続ける。これ以上疲れさせないで欲しいものだ。

「藤屋は前、高野は最後尾でそれぞれ子守だ。変にバラけられて見つかるのは冗談にしては笑えない」
「NO.あい――」
「わかったからバットマンは子守で正義を全うしてくれ。ジョーカーが出るとしたらそっちだ」
「いや、いくらなんでもそれは無いだろ」

 面倒くさい奴め……。言いながら、東堂はスピードを急激に落としていく高野を見送る。真面目にふざけてる人間はどうにも扱い方がわからない。

「こっちも了解っと。アンタも大変だねえ」
「あんたほどじゃない。うちで隠れながらなんてのに慣れてるのはあんたぐらいだからな」
「こういうところでポイント稼いどいたほうが後で楽できるってね。だからあんまり気にするこたぁねえよ」

 ああ、こういうのがいいんだよ、こういう会話が。やっとめぐり合ったまともなやり取りに安堵を覚えつつ、東堂はゆっくりと乱されかけた自分のペースを取り戻す。
 年下者ばかりだから仕方ないといえば仕方ないのだが、やはり普通に話せるような相手がいないのは精神的に面倒くさいのは確かだ。戦闘機に乗ってるときのほうが余計なことも考えずに済む上に、会話内容も落ち着いている分、心休まる場所だったことには違いない。身体は休まらないが。

「じゃあ遠慮なく頼むわ。のんびりしすぎて俺の部屋が吹っ飛ばれても困るしな」
「東堂さん」

 前に出る藤屋を見送ると、矢継ぎ早に、創と共にSavior-Gに搭乗しているシャルロットが通信回線を開く。創でなくシャルロットな辺りにどこか安心感を覚えながら、東堂は聞き返した。

「どうした?」
「航空機部隊から偵察情報です。各機にデータリンクします」
「藤屋のほうに優先して頼む」

 了解しました、という言葉と共に転送されてくる偵察情報を待ちながら、東堂は空を見上げた。
 鳥も無く、風も無い、ただ白い千切れ雲が点々と在るだけの静かな空がそこにはある。
 しかし、東堂の口から漏れたのは、その静けさからはとても出てこないであろう言葉だ。

「上もそろそろ戦闘開始か……」