Stage03-02

「あら、お姉さんの見送り? 三咲君も意外と律儀ねぇ」

 格納庫から出てきた翔に、玲が笑いながら声をかけた。
 最近入ってきた新人であるにも関わらず、年齢も近いこともあってエンハンスドの多くとは割りとすんなり打ち解けることが出来ている。翔自身の性格もあるのだろうが、あまり喋るほうでもない創でも大して変わらないのだから、やはり年齢の作用が大きいだろう。

「というよりも送り出し。いつまでも人の部屋で口喧嘩されてたら煩くて仕方ねーや」
「ああ、創君とシャルか。あの2人は貴方に比べると随分余裕そうねー」

 そんなに余裕のなさそうな顔をしていたのだろうかと、翔は自分の顔を両手で探る。当然わからない。いや、やはり知らぬ間に、近づいてきている実戦の空気に当てられているのだろうか。

「『下手糞。上で私がやるからいいです。変に動かないでください』
 『煩い。文句言うなら上に乗るな』
 『私だって好きで貴方の上に乗ってるわけじゃありません!』
 四六時中、顔を合わせるとこれの繰り返しだぞ。しかも態々部屋まで来て。もう少しパターン増やせって」

 下手糞な声真似で2人の今朝のやり取りを再現して見せてから、翔は呆れたように顔を伏せた。
 たまに一緒に居るときに聞くぐらいならば、ほほえましい痴話喧嘩で捉えられるのだが、翔と創の2人は相部屋である。疲れ果ててベッドに倒れこんだ後、枕元でギャーギャーと騒がれてはたまったものではない。

「傍から聞いてたら下ネタよね」
「御堂、台詞はもう少し選んだほうがいいと思う」
「いーのいーの。どうせ御嬢様っぽさが求められてるわけじゃないし」
「そうそう。この子に御嬢様らしさなんて微塵も残ってるわけないない」

 ぶっちゃけた台詞を吐く良家の御嬢様の背後、抱きつくような形で八橋あやめが現れる。彼女は後ろから手を回し、玲の目の前で手を左右に振りながらそう言うと、玲の背中をぎゅっと抱き寄せる。
 ふと、空気が凍りついた。

「……あやめ?」

 ナイフのような鋭い眼光が、ギリギリと音を立てて肩に顎を乗せているあやめに向けられていく。

「当ててんのよ!」
「死ね」

 瞬間、2人が弾かれたように離れると、翔の脇を擦り抜けて格納庫へと疾走して行った。

「……しかし、思ってたよりも騒がしいとこだな、ほんと」
「そういう場所だからさ。居残り組みは居残り組みで頑張ろう」

 格納庫の奥へ消えていく背中を見送り、呟くと、その背中から声がかけられる。金森一だ。
 決めるつもりで決まっていない、ナヨナヨしたズレている空気の持ち主だが、それに気づいていないのは恐らく本人ぐらいだろう。

「いや、俺新人なんだから頑張ってくださいよ先輩」
「だって男は俺とお前だけなんだからさ! 頑張ろうよ!」
「金森。待機は長くなるだろうから食事は出来るときに済ませておけって。市原さんから」

 何か切羽詰った風に詰め寄ってくる金森を受け流していると、横からヒョイとリュドミラが入ってくる。いつものように、淡々とした人形然とした雰囲気だ。

「じゃあリュドミラと翔も一緒に……」
「私は済んでる」
「俺ももう腹いっぱいだから」
「そっかぁ……」

 2人そろって軽く拒否してみせると、金森がトボトボと食堂へ向かって歩いていく。何も言われたからって今食べなくてもいいんじゃないかと思わなくも無いが。

「よし、じゃあリド。俺に狙撃を手取り足取り……」
「頭沸いてるんですか? 診療室はこっちじゃありませんよ?」

 平然とした、綺麗な顔立ちのままでリュドミラが毒づいた言葉を吐き出し、何事も無かったように格納庫へと消える。いつもの調子だとしても、こればかりはそうそう慣れないものだと翔はため息をついて、呆然とその小さな影を見送った。

「騒がしいというか、戦争やってる雰囲気じゃないですよね」

 入れ違いに出てきたイングリッドが苦笑してみせる。格納庫から出てくる間に玲やあやめともすれ違ったのだろう。大体の事情を把握したという顔だ。

「大丈夫ですよ。あれでも、みんな本番になれば気が引き締まるほうで――」
「おい雛。お前昨日の調整サボったろ。出撃前に声かけろよ?」
「あ、今急がし……」
「ん、悪い。ブリッジに繋いでくれ」
「やる! 今やるから! 天道に、天道さんにはいーわーなーいーでー」

 イングリッドの背中のさらに奥から、石雛尚花と整備士の声が聞こえる。

「……引き締まるほう、だと思います。はい」

 2人の間に流れた、何か気まずい空気を破って、消え入るような声で呟かれたイングリッドの言葉に、翔も彼女の肩に、励ますように手を乗せて呟いた。

「うん。頑張ろう」

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「換装作業の40%が終了でありんす。時間に直すと残りは大体5時間ぐらいかのう」

 オペレーター席に座った水恵が、ブリッジに居る全員に聞こえるように報告する。作業経過をずっと見ているのがよほど暇なのか、椅子の背もたれはギッ、ギッと時計のような正確なリズムを刻みながら軋んでいた。

「移動にはまだまだ時間がかかりますね……」

 ブリッジまで持ち込んできた碁盤に白い石を並べながら市原が呟く。向かい側には、難しい顔をしている天道が、これまたどこから持ち込まれたのか、茣蓙の上に正座している。

「敵の勢力下に上陸するのでなければ、こんなことに懸念する必要はないのですが」
「ええ、本当に」

 黒い石を、慣れない手つきで置きながら天道が言うと、市原と2人そろって冷たい視線をブリッジの一角へ向ける。

「……なんでしょうか。私は御堂総帥の指示を皆さんに伝えただけです」

 向けられた本人、ヴァネッサ・ベルナールは苦い顔をしながら定型の返し言葉を口にした。文句を言いたいのはこっちだと言いたげな顔だが、自分の上役の面子のためにもあまり彼女が愚痴ることは出来ない。

「いいえ」
「別に」
「……」

 もう慣れたものだろう。ヴァネッサの教科書どおりの返事に、こちらもまた教科書どおりの煽り言葉を市原と天道が順に浴びせる。
 天道だけならばただ冷たい、重い空気が流れるだけなのだが、普段は比較的温厚な市原も混ざると話は別だ。言い難いプレッシャーが怜悧な空気と混じり、針の筵にでも居るような錯覚さえある。
 詰まる所、人が折れるには十分な威力だった。

「わかりました、別に絶対言うなと言われていたわけでもありませんしこれだけ付け足させてもらいます。
 東堂さん達を向かわせた基地には――」

 そのタイミングを待っていたかのようにアラートが鳴らされ、ヴァネッサの言葉を阻んだ。

「M級の接近と戦力展開を確認。敵襲です」

 静かにレーダーをじっと見つめていたラピスが告げる。
 石を置きながら、市原と天道が立ち上がった。

「気になるところですが……」
「それどころではないようですね。状況を開始します。水恵さん、待機組に出撃命令を出してください」