Stage03-05

 江西省地下要塞。
 そこはユーラシア大陸本土からの撤退を決めた、国連軍上層部の意向を無視し、敵の懐へ立て篭もって戦い続けるという修羅の道を選んだ者の築き上げた、現代に生まれし城のひとつだ。
 概観は対光線を想定してか、地上部分はなだらかな丘であり、その下に埋もれている鋭い牙の存在などまるで露見させないような印象を与える。
 これこそが、大陸からの撤退時、生還は絶望的とも目された殿として残り、なお生き残った彼らの作り上げた、生きるための術だった。
 もっとも、彼らが守りたかったのは、決して撤退していく味方などではなかったのだが。

「たいしょー」

 鋼鉄の冷たい壁に、間の抜けた声が反響する。
 声の主の姿は、暗闇の中でパイプのように長い、横倒しになった円柱に腰掛けている大柄の男からは見えない。響く声は、すぐ隣でささやいているようでありながら、豆粒ほどの大きさに見えるような遠くから投げかけられているような、不思議なものだった。

「どうしたー」
「観測台のやつらが遠くのほうで足元と頭の上でどんぱちやってんのを見つけたらしいんですが、どうします?」

 どこにいるのかわからない相手にも聞こえるよう、やや大きな声で返した返事に、すぐ答えが返ってくる。

「近いのか?」
「いえ、全然遠いっす」
「だったら捨てておけ。俺らに手を貸してやるほどの余力はねーよ」

 大柄の男はあっさりと、相手にとってはそれが死刑宣告かもしれない判断を下す。
 城の中に立て篭もっている兵士たちのひとりひとりも、総じて高い錬度と豊富な実戦経験、死地に在りながらも絶望することのない士気を持ち、その戦闘力は世界トップクラスといっても過言ではないだろう。
 しかしそれも、武器と弾薬さえあればの話だ。
 軍に属しながらも軍から独立している彼らに、まともなルートでの支援は行われない。
 それは彼らを軽視しているというわけではなく、むしろ国連内部でも大陸からの撤退の際、誰に頼まれるわけでもなく殿を務め、任を果たした彼らに対する評価は決して低くはないのだ。ただ、リスクを冒してまで支援を行う余力が、加盟国の過半数が壊滅している国連軍には残されていないというのもまた事実だった。

「……ああ、陽動かも知れねえから、手の空いてる奴ら何人か連れて辺りを警戒しておけ」

 言った後、戦闘の起こっている場所が少ないことを思い出して男が付け加える。
 この大陸は、ほぼ全土に敵が展開している、まさに敵の本土であり、実際にそれを攻め立てようと思ったのならば、戦闘箇所が2ヶ所のみというような事態はまずありえない。
 そんな場所で小規模な戦闘を発生させるとすれば、それはただのバカか何かの目的を持ったバカかのどちらかだ。
 後者のバカだった場合、この辺りで何かをしようとしているのなら、十中八九自分たちとの合流を図っているのだろう。その時に、余計なものをつれてこられては困る。

「うっす。これで今週の攻撃を延期してくれたらいいんすけどねー」
「んなわけねえだろ。数が有り余ってるみなさんなんだ。わかったらくだらねぇこと言ってねえでさっさと行け」

 しっしと姿の見えない部下を追いやりながら、男は立ち上がり、自分の座っていたものへ視線を落としながら思案する。
 どこの差し金だ? 今の国連軍に、そんな危険を冒してまで合流しようという戦力があるとも思えない。
 ということは、どうにも大陸に散り散りになった自分たち以外の篭城者たちへ、危険を冒してまで支援を寄越している、年上好きで両刀遣いの足長おじさんぐらいだろう。

「……まあ、こいつが目的なんだろうけどな」

 感謝こそしているが、名前も姿もわからなければ、腹の内すらもわからない相手だ。
 恩は確かにあれど、信用出来るかどうかはわからない。
 男の叩く、鉄の冷たく甲高い音が響いた。

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「ひとつ! 残りはッ!?」

 自分たちの周りにまとわり付くE級を、機関砲で穴だらけに変えつつ、山田が叫ぶ。
 巨大な翼を羽ばたかせて執拗に付きまとい、隙あらば一撃必殺の攻撃を仕掛けてくる敵のその姿は、まさに翼竜。太古の昔に空を支配したプテラノドンだ。誰も実際にその姿を見たわけではないが、その圧倒的な空戦性能がそう思わせている。
 こんな敵にまとわり付かれては、もはや自分の落とした数を覚えてなど居られない。攻撃がやむまで、ただひたすら戦い続けるしかない。

「4つです。デルタ1、後ろに付かれています!」
「デルタ3、払ってくれ!」
「自分のケツぐらい自分で拭きやがれガキがッ!」

 罵詈を吐きながらも、地面擦れ擦れの逆宙返りで山田の後ろに付いた敵のさらに背後へ回り、同時に放ったミサイルで、スコットが敵を振り払う。

「助かった! ……咄嗟に谷に突っ込んだわけだけど、やっぱり失敗だったかねえ」
「クソがッ! 言ってる暇があるんならさっさと敵を落としやがれこのファック野郎ッ!」

 残りの4体も、離される様子もなくぴったりと後ろに追従してきている。まともな飛び方をしていては埒が明かない。かといって、谷の上に出ては今度は光線の嵐だ。
 どちらにせよ、やってられないのが事実。全員がそれをわかっているのか、この判断に対する文句は誰も口にはしない。
 その中で、朽木が一番最初に動いた。

「グッ……アアッ!」

 急激な減速に苦悶の声を上げながら、機種を上げ、高度も進行方向も変えないまま、瞬く間に敵機全ての後ろへ回り込む。
 コブラという、実戦ではまともに使っていられない曲芸飛行のひとつだ。
 綺麗に成功したことに朽木自らが驚いて見せた瞬間、今度はスコットが、負けじと機動を変化させた。

「オラァァッ!」

 朽木と同じく、機首を上げたまま減速する。そしてそのまま縦方向へスピンするようにして進行方向を切り変え、即座にヘッドオンして見せた。
 コブラの変形、クルビットという、こちらもほいほいと使えるような機動ではない。
 曲芸が2つ続いた次の刹那、2人は示し合わせたように残っていたミサイルを全て放出。
 爆発。そして煙の中で交差した。

「これで――」
「まだだ! まだ一機残ってるぞ!」
「ッ! どこに――!?」

 煙を付きぬけ、光の中に戻ったと同時に、朽木が周囲を見渡す。
 眼前には敵の姿は残っていない。どこだ――?

「朽木、お前の足元だ!」

 瞬間、自分のすぐ下の地面に着地し、待ち構えていた敵が大きく翼を広げる姿が、朽木の目に飛び込んできた。