Stage02-13

「たっだいまー! おねーちゃんのお帰りですよーっ!」

「あれー。あ、そっか。今日平日だから学校か!」

「んー。しかし汚れてるなあ。さすが男の子」

「仕方ないなあ。お姉ちゃんが片付けてあげましょう!」



~6時間後~



 ごろごろ……。

 ごろごろごろごろ……。

「はっ」

 おぼろげな意識の向こう、点けっぱなしのテレビ画面から流れる、生真面目そうなキャスターたちの声で三咲歩は意識を取り戻した。
 右を見て、左を見て、外を見て、時計を見て、ゆっくりと彼女は現状を確認すると、おもむろに冷や汗を流しながら独り言をはじめた。

「あ、ありのままに今起こったことを話すよ。
 弟のマンションに上がりこんでこっそり部屋を片付けてあげるつもりが、いつの間にかカーペットの上をごろごろしていた。
 何を言っているのかさっぱりわからないと思うけど以下略」

 沈黙。画面の中で何か言っている声に紛れ、時刻を刻む針の音だけがカチカチとむなしく響いている。

「……突っ込んでくれる相手がいないとお姉ちゃん寂しいぞー。
 というか時間かかりすぎじゃない? もう10時ですよ10時。AMじゃなくてPM」

 無機質な音を出し続ける時計を見上げながら、歩は口を尖らせる。寄り道をするにしても、流石に帰ってきているのが普通という時間帯だ。
 もしかしたら柄の悪い人に捕まっているのかもしれない。いや、むしろ自分が柄の悪い人になっているのかもしれない。
 が、あの弟に限ってそれはないだろう。

「でもこのままじゃ帰ってくる前にきれいにしておいて『うわぁお姉ちゃんありがとうお礼に何でもするよ!』計画どころじゃないなあ……」

 思い、彼女は即座に自分の心配をすることにする。
 現状、部屋の散らかりようは入ってきたときと寸分違わない。むしろどういうわけかゴミの量が増えている気がするが、愛しい愛しい弟の部屋だ。きっと妖精でも住んでいるに違いない。
 とまれ、そろそろ帰ってくると仮定した場合、片付けはまず間に合わない。
 ならばやることは一つだ。

「せめてえっちな本ぐらい見つけておかないといけないのは当然だよね!」

 即座に安そうなパイプベッドに目をつけ、その下に詰め込まれたものを引っ張り出さんと手を伸ばす。

「お?」

 と。ほぼ同時に流れたキャスターの台詞に目を奪われた。

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 この世のものとは思えぬほどに美しい青空が広がっている。
 その空への玄関口――いや、飛び込み台とでもいうべきだろうか。アメリカ空軍の戦闘機がこれまた美しい列を作っている飛行場の滑走路は、灰色のコンクリートで埋め尽くされた地面が見えないほどの軍人で埋め尽くされていた。その塊の端には何台ものテレビカメラが配備されており、人だかりの最前列、まだ誰も登っていない、無人の壇上を捉えていた。
 厳粛な空気に、誰もが固唾を呑んで見守る中、一人の男性が壇上へゆっくりと登る。
 設置されたマイクの高さを調節し、そのスイッチを入れる。鋭くも温厚な色を秘めた目が、集まった軍人達を端から端まで見渡した。
 一瞬の静寂が場を包み、舞台が整う。男性がゆっくりと口を開いた。

「我々は今日まで、自分達の守りに徹してきた。
 それは間違いだったか? 違う! 正しかった! そうしなければ、多くの戦えぬ命が散らされていたことだろう!
 しかしその上で、正解でもなかったと私は考える。諸君、世界とは何だ?

 不幸なことに、もはや国境などは存在しない。
 世界とはもはや一つの国だ。思想対立やくだらない諍いなどは、理由にはならない!
 何の理由か? 諸君にわざわざ説明する必要はないだろう!

 アメリカから遠く離れた場所で空を見上げている諸君!
 議会や宮殿で腕組みをしている諸君!
 多くの命と魂を背負いながら銃を取っている諸君!
 世界の片隅で身を寄せ合って私の声を聞いている諸君!

 ひとりひとりの物語は違えど、私たちは一つの世界で運命を共有している友人だ!
 この世界に生きる我々は、皆が既に同志だ!

 誰かが言った。アメリカはあらゆることが可能な国だ、と。
 諸君! この言葉に偽りはあるか!? 

 ならば立とうじゃないか!
 同志が剣折れ、矢尽き、立ち上がれないというのなら、我々が立ち上がろうではないか!
 旗を亡くした同志達がもう一度集うべき旗を掲げようじゃないか!

 私は今日ここで、もう一度。先人に代わり宣言する。
 この世界を破壊しようとするものたちよ! 我々はお前たちを打ち破る!

 見せてやろう。海の向こうで暴虐の限りを尽くしている彼らに!
 そして教えててやろう、彼らが敵に回したものが何なのかということを!

 そのために私はこの言葉を借りよう。
 Yes we can! 私たちにはそれができる!」

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「御疲れ様です、大統領」

 滑走路に集まっていた軍人の群れに段上から手を振り、敬礼して見せ、スーツのネクタイを緩めながら飛行場の建物へと戻ってきた男性に、アレックス・M・ディートゥスは頭を垂れた。齢50を過ぎているというのにもかかわらずの相変わらずの巨漢で、腰を折り、頭を下げているというのにまるで小さくなった気がしない。年齢の衰えを感じさせないというのは、まさにこのことだろう。

「煽れといったのは君だよ、アレックス」

 アレックスが頭を下げた男性――現米国大統領が疲れを表情に表し、ゆっくりと呼吸を整える。
 米軍所属時からの付き合いがある相手ではあるが、相変わらずアメリカ人にしては小さな体躯に、不釣合いなほどの胆力を秘めている。アレックスはその変わらぬ姿を懐かしむと同時に、頼もしさを感じながら更に深く頭を下げた。

「御無理を承知で御願い致しました。なんと御礼をすればよいものか――」
「いいさ。いずれ誰かがやらなければならないことだった。ならば私たちがやらなければなるまい。
 なんせ天下の合衆国だ。それがずっと殻に篭っていたんだ。
 星条旗の横に国連の旗を掲げて動き出すぐらいしなければ、他の国に対しての示しがつかない」

 「まあ、そのほかの国もだいぶ数が減ったわけだけだが」と苦笑しながら大統領はアレックスの肩を叩き、顔を上げるように促す。
 アレックスはしばしそのまま、その温情に感謝の意を表してから顔を上げ、続きの言葉を口にした。

「ここまでされれば生き延びた各国も動かざるを得ないでしょう」
「君たちが寄越す戦力の他に、一度敗れた国の戦力が必要に……いや、役に立つのかね?」
「必要なのは兵員です、大統領。特に一度でも奴らと相見えた経験のある者。こればかりはそうそうと集められるものではありません」
「そのついでに、市民の戦意も煽り、志願兵の数を増やすか。
 ……歳は取りたくないな、アレックス」
「まったくです。大統領」