Stage02-09

 夢を見ていた。

 生き物の内臓を思わせながら不気味に蠢く、赤黒い壁に囲まれた部屋の中。
 手を繋いでこちらを見て恐らく微笑んでいる、一組の男女。
 窓のない――ように見える空間の中に、何故か差し込んできている逆光のおかげで、口元から上は見えない。小学生か中学生かという小柄の少女と、創よりも僅かに大きいかという長身の男性の組み合わせだ。
 それが、見覚えのない2人の影が、何故か懐かしいものに感じられる。まるで、両親であるように。
 確かに、宗城創に両親はいない。いや、覚えてはいないだけで、存在はしているはずだ。ならば、この2人が?
 そう思っているうちに、2人の口元が、鏡を写したように同じ動きで何かを囁きかける。
 声は聞こえない。当然か、はじめから音もなければ、視覚以外のものがそこにはなかった。
 何とか聞き取ろうと、問い返す声も、声にならないうちに2人が言葉を終え、再び微笑にも似た口元を見せる。
 男性が背を向けた。待ってくれ、と反射的に手を伸ばすが、そんなものは存在しない。まばゆい光の向こうに消えていく男の姿をただ見送る。
 それが見えてでもいたのか。その場に残った少女が、空すらも切らなかった創の手に向かって手が差し伸ばす。
 差し出された手を掴もうと、創は存在しない手を必死に伸ばす。
 ふと、世界の向こうで誰かが呟いた。

「I have control」

 その言葉は、遠く、異世界からの便りのように思えた。

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「はっ」

 上下左右。あらゆる方向への激しい揺さぶりの中で宗城創は目覚めた。
 ジェットコースターにしては開放感がなく、揺り篭にしてはエキサイティングで、何が起こっているのかさっぱりわからない。
 何故かヒリヒリと痛む額に手を当てて目を泳がせて自問自答を繰り返す彼に、頭の上から少女の声が降りてきた。

「ん、起きました?」
「……俺は寝てたのか?」
「いいえ。気絶してました」

 激しい電流が流された回路のように、思考が悲鳴を上げながら鮮明に状況を映し出し、瞬間的に彼は理解した。
 そうそう、養父であるシオン・ガーシュタインの言葉にほいほいと乗せられてついて行った先で何故かSF映画かロボットアニメにでも出てきそうな人型ロボットの操縦席に乗せられて……

「そうだよ。結局なんで俺はこれに乗らないといけなかったんだよ!」
「わかりませんでしたか?」

 わかりませんでした。と答えたくなるところを抑え、創は自分の記憶を探る。こう聞くということは、既に”答えに近づいている”はずだ。

「わからなかったのなら仕方――」
「あれが、そうだったのか?」

 となれば答えらしい答えは一つ。あの薄気味の悪い夢がそうだ、ということだろう。
 創はそれを口に出し、自分に問いかける。答えは当然わからない。ただ、そうだったのかもしれないという漠然としたものが自分の中を渦巻いているのは確かだった。
 気になっているものに近づけるどころか、気になるものがよけい気になるという結果になっている。そういう罠か、と創は苦笑しながら自分を納得させて頷いた。

「――な……そうです。そうだったんです。……たぶん」

 のだが、その直後にたぶんなどと言われるとそれも揺らぐというものだ。
 目を細め、不満を露にした眼で訴えようと頭を上げると、顔面に足の裏が降り注ぐ。なんなんだ、この女は。

「だ、だって私はわからないんだから仕方ないじゃないですか! 文句があるなら博士に言ってください!」
「また親父か……。親父はそんなに偉いのぶべばっ!?」
「あ、動いてますんであんまり喋ると舌噛みますよ」

 それを先に言ってくれ。ヒリヒリする舌に目を伏せながら、創は声に出さず抗議した。
 抗議して、今まで気づかなかった――いや、気づいていながら視界の外にやっていた、目の前を埋め尽くす機械の壁を睨みつけながら口を開く。

「……で、なにがどうなってるんだ?」

 心の底からの疑問を。

「だからそれは博士に……」
「違う。なんで操縦席に座るだけ、なのにこんなに揺れてるんだ」

 何か乗り物の中なのは確かなのだが、生憎ここは操縦席のみだ。取り出された操縦席は普通こんな風に揺れはしない。ましてや、創のやや上方、シャルロットの正面に当たる場所にも、外の様子がわかるようなモニターは存在しない。
 見た印象は、ただ揺れ動く揺り篭。文字通り鋼鉄の子宮なのだ。
 その子宮に前から、後ろから、あらゆる方向から殴られるような衝撃が嵐のように吹き荒れる。乗ったことはないが、まるで戦闘機か何かにでも乗っている気分だった。

「シミュレータですから」
「だから、揺れてるんですが」
「そのほうがリアルでしょう?」

 当然のように、シャルロットは見向きもせずに答える。
 どうやらこの疑問のほうが間違いらしく、言うだけ無駄のようだ。創は諦め、この揺れの中で何とかバランスを取ろうと近くの突起を握ろうと手を伸ばす。

「大丈夫。私が全部やりますから、あなたは座って見てるだけで構いません」

 シャルロットの『触れないで』という目がそこに降り注いだ。
 ……どうしろと。

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 なんなんだ、この敵は。
 イングリッド・エイホルンは、ビルを飛び越え、一撃目を入れるために飛び出していたイングリッドを――仕舞いにはその後ろに控えて隙を覗っていた玲さえも飛び越え、最後の一手を任され、2人よりも遥か後方に控えていたあやめを先に仕留める。
 その、これまで培ってきた経験を軽く超えた型破りな動きに、彼女は言い表しようのない恐怖を覚えていた。
 頬を冷たい汗が伝い、指先が震える。そして――僅かに反応が遅れた。

「――あ」
「イングッ!」

 横殴りの激しい衝撃。乱雑に繰り出された紅いSaviorの大太刀が、イングリッドの機体を大きく揺さぶった。視界の隅に両断された右腕が、美しい円を描きながらビルの向こう側に落ちる。
 それを追うように、前のめりに倒れた瞬間に彼女は戦意を取り戻し、無理やり立て直した体勢のままに間合いを開くため、駆け出した。

「離せない――ッ!」

 脚底部に付けられた車輪が火花を散らし、舞踏を踊るようにクルクルと回転して向きを変えながら彼女は強く歯を噛み鳴らした。
 ダメージを与えた相手への追撃なのだろう。こちらはフルスロットルで逃げているというのに、涼しい顔をして追いつき、大太刀を振るうその姿は、悪鬼羅刹というに相応しい。

「避けなさいッ!」

 その声が聞こえた瞬間、イングリッドは無我夢中でビルとビルの隙間へ飛び込んだ。当然、Saviorのような巨体が入ることが出来る隙間ではない。ガラガラと壮大な音を上げながら、イングリッドは機影を瓦礫とその倒壊して起きた煙の中へ隠す。
 直後、駆け抜けていくけたたましい銃声。それに混じって、地を蹴る重い音が響いた。

「あやめ! 寝たふりしてるな!」
「気づいてたなら怒んなくてもいいじゃない!」

 それを追うように、今度は幾つもの飛翔音が響く。
 晴れてきた煙の向こうに、空中に大きく飛び上がった紅い機影とそこへ殺到するミサイルの白い軌跡が映し出される。そして一瞬後、その軌跡は全て黒煙となって宙を汚した。

「チッ、当たってない! 煙の中に隠れた!」
「上等。もう何でもいいから3人がかりで決める。いいわね、イング! あやめ!」
「了解」
「当然!」

 左手に残った盾を捨て、イングリッドは傍に落ちていた自分の突撃砲を拾い上げ、固唾を呑んで黒煙が晴れるのを待つ。
 視界には映っていないが、他の2人も同じように切迫した目で煙の向こうへ目を凝らしていることだろう。

 そしてその緊張した空気が不意に破られた。

「ちょ!」
「何それ、あたしのお株奪うんじゃないわよ!」

 黒煙を切り裂いて飛び出してきた無数の白い軌跡――ミサイルの雨を目の当たりにし、耳に痛いほどの叫びがあがる。

「じゃ、ジャマー!」
「ないわよ!」
「じゃ、じゃあフレアー!」
「そっちもありません!」

 対眷属のみを想定した機体に、そんなものがついていようはずもない。
 ガード不能の乱舞技が爆音とともに3機を炎に包んだ。