Stage02-07

「で、なんでほいほいついていってんだよ」

 歩く音が狭い通路に反響する。
 波打つ微かな揺れを身体で感じながらほとんど無意識に宗城創が歩いていると、戸惑い気味にその後をついて来る三咲翔が歩く速度を速めて隣に並んでから、小さく問いかけた。
 ここは港に停泊していた巨大な船舶の通路。つまるところ、この胡散臭い少女の率いているらしい正義の味方の戦艦の中だ。
 翔の言いたいことは創にだってよくわかっている。ここは言うならば、悪徳セールスマンの会社みたいなところだ。どこからヤのつく自由業の方々のような人間が出てくるともわからない。というかそもそも目の前に首に危険物が巻かれているらしいそれらしい人はいるのだから余計に心配にもなるというものだ。
 そんなよくわからない、悪く言えば危険な場所に、のこのこと創と翔の2人はついていっているのだから。

「だったら帰ればよかっただろう」

 創はそれに、やや不機嫌気味に返事をして歩く速度を速める。再び翔との間に距離が開くと、それをやはり再び速度を上げて詰めながら、こちらも不機嫌気味にぼやいた。

「お前が断って俺ごと連れて帰ると思ってボケたんだよ。ちゃんと突っ込め」
「んな無茶苦茶な……」
「何をお話されていらっしゃるんですか?」

 ふと、前を行く白い少女が肩越しに振り返って清い笑みを見せた。取り繕っているのか、素なのか。どちらにせよ、リムジンの中で繰り広げられた言動からは、その笑顔には一片の清純さなど感じられない。

「ああ、いや、なにも」
「気になりますか、私の言ったこと」

 少女――シルフィリアは口元に指を当て、可愛らしく笑いかけた。
 その笑みが悪魔のように見えるのは、何故だろうか。その外見と言動のギャップさえも巧みに使い分け、知らぬ間に間合いを詰めて来ている技故か。彼女についていくことが、ほとんど無意識の内に決めさせられていたからだろうか。
 そう、創とて、本心ではこんなところに近づくつもりはなかった。当然だ。あんな怪しさしかない勧誘を受けて黙ってついてこれるのは、傷心持ちの人間か、隣でキュンとしている三咲翔ぐらいだろう。
 そんな創の考えを改めさせた魔法の言葉が、

「『ついてくれば、あなたの一番気になっていることの答えに近づけます』」

 これだ。
 こんなことを言われて、気にならない人間は居るのだろうか。いや、いないだろう。
 それはまるで蜘蛛の糸か、蟻地獄のようだ。僅かでも心当たりがあれば、一瞬でも気になってしまえば、それはかかった獲物を絡め取るように、もしくはもがく獲物を引きずり込むように相手の思考を捕獲し、逃がしはしない。
 歩きながらも創はこの言葉に捕らわれていた。
 この白い悪魔もそれを理解しているようで、恐らく今日見る中では一番綺麗な微笑を浮かべた。

「あ、大丈夫ですよ。この問いの答えが一番気になっているんでしょう? っていう悪質な引っ掛けじゃありません。私もそこまで酷い人じゃありませんから」
「どの口で言ってやがんだ」

 シルフィリアの少し前を歩いていたスコットが、飼い主に逆らうブルドックのようにこっそりとぼやく。

「このスイッチ何ですが、アイザックにあげちゃいましょうか。
 あ、アイザックっていうのは私の飼っているラブラドールレトリーバーで、モフモフしてて可愛いんですよ?」
「俺は俺の身体のほうが可愛いっつーの! こいつ薬キめてんじゃねえのかッ!?」
「……さて、長い投獄生活で可哀想なことに人を信じられなくなってしまったスコットさんは置いておくとして」

 キャンキャンと吼える雑種犬をそこに居ないもののようにあっさりと放置を決め込みながら、彼女は立ち止まって2人へ振り返った。
 その小さな背中には、開きっぱなしにされた頑丈そうな鉄の扉がある。その奥からは、鉄の冷たくツンとした匂いと、油の粘り気のある匂いが漏れてきていた。
 スコットを先に扉の向こうへ行かせてから、彼女は口を開く。

「大丈夫ですよ。これを私に言えばいいと言ったのは、シオン・ガーシュタイン。あなたの御父様です。私が突然思いついた冗談じゃありませんよ」

 言い終えると、彼女は扉の前から身体をどけ、その奥を手で指し示す。

「そしてここが、私があなたを連れて来てくれといわれた場所です」

/*/

 騒がしい掛け声と激しい機械の駆動音。鼻につく気化したのだろうオイルに包まれた、体育館を2つ3つ並べたほどはあるだろう巨大な空間の両脇に、巨人たちが清閑に立ち並んでいる。
 その姿はさながら、剣を構えて王の道を作る騎士のようだと創は思いながら、シルフィリアの小さな背中について歩いた。
 彼女が2人を連れてきたのは、紛れもない格納庫というやつだ。まるでゲームか何かの一場面のような場所を彼らは歩いている。

「待っていました」
「こんにちは、シャルロットさん」

 その一角、なにやら大きなコンピュータが壁に寄りかかるように並べられた区画に近づいたとき、不意にかけられた声にシルフィリアが答えた。スコットを含む男性3人が声のほうを向く。
 3人の視線に答えるように、シルフィリアに向けられたままの柘榴色をした瞳が揺れた。
 声の主である少女の姿は、白い素肌を包み隠すように纏ったウェットスーツの上に、さらに西洋鎧のようなボディアーマーを装着した、異彩ともいえる立ち振る舞いだ。格納庫という場所にドレスで現れるシルフィリアと同等にも見えなくはない。
 その黒く鈍い光沢を放つ装甲の上に、セミロングに揃えられた赤毛が炎のように揺らめいていた。
 シルフィリアが清純なお姫様なら、彼女は勇ましい騎士そのものだ。
 しかし、その姿を視界に捉えた瞬間、創だけが停止した。
 脳が直接揺さぶられるような鈍い揺れ。何かが、声の主を捕らえた視界を白く焼きつくす。

「お久しぶりです御姫様。……そちらは?」

 その向こう側で、視線を感じ取ったのであろう。声の主の少女が問いかけると、シルフィリアがその問いに答え始めた。

「はい。この頭の悪そうなのがスコ……」
「いえ、その汚い人ではなくて」
「お前ら先にネタ仕込んでるんだろ。そうだろ。絶対そうに違いない」
「その後ろで『オッサン大変そうだな』って顔してるお2人です」

 いつもどおり、いや、出会ってから数時間しか経っていないのだが、もはや定番にもなりつつあるやり取りを華麗にやり過ごしながら、少女が靄のかかったような世界の中で、視線を他の2人に注ぐ。
 それを感じ取り、曲解した翔が手を上げながら前に飛び出した。

「三咲翔でーす! 職業は現役高校生。特技は10秒ジャストでストップウォッチを止めること! 彼女は絶賛募集中!」
「その隣の人は?」

 なんだ、この感覚は。俺は彼女に会ったことがある?
 いや、そんなはずはない。それともこれが親父が言っていたものだとでも言うのか?
 飛び出した翔を一瞥した少女の問いかけを無視し、創は持てる限りの早さで思考を回転させる。

「ん? 創、お前そういうシャイなキャラだっけ」
「煩い、黙ってろ」

 その問題に対する解答は得られない。
 それでも、創の頭の中にはその答えは存在していないことだけは確かだった。

「……創。宗城、創」
「え゛」

 諦めて名乗った創の名前を聞いた少女が、濁音付きのやや汚い声を漏らした。
 予想外の、いや、心のどこかで予測できていた反応に、やはり知り合いか何かなのかと創は立ち尽くす。
 少女はその姿を、足元から頭の上まで、値踏みするようにまじまじと見詰めた。

「……どうしました?」
「……シャルロット・ブランシュです。ガーシュタイン博士から聞いています。着いてきてください」

 どこか自分の世界に沈んでいた少女をシルフィリアが呼び戻す。
 はっとしたように彼女は儀礼的に名乗ると、淡々と要件を告げて格納庫の奥へと向き直った。

「宗城さんだけです」

 その背中に、誰よりも早くついていこうとした翔に早速釘が刺される。

「え、じゃあ俺は」
「その辺りで待っていてください。機械には触れないで。あなた、すぐに壊しそうですから」

 それだけ告げると、後は興味ないというようにさっさと奥へ歩き出した。

/*/

「どこまで行くんだよ」

 翔やシルフィリア、スコットの3人から離れて少し歩いたところで宗城創が問いかけてくる。
 周囲は合わせ鏡のように巨人――Saviorが立ち並び、長い列を作っている。
 この威圧感の間でここまで会話らしい会話も一切ないのだ。無理もない。何かしらの会話で気を紛らわせたいのだろう。
 それがまあ、シャルロットにとっては億劫というやつだった。

「黙ってついてきてください。はぁ……なんでこんな人が」
「初対面の人間相手にそんなこと言われるとは思ってなかったよ」

 思わずため息とともに本音が漏れると、ここぞとばかりに創が切り返してくる。
 自分を卑下して相手を立てる受動の構え。そういうパターンの人間なんだろうか。
 いずれにしても、思っていたような人物像とかけ離れていることは確かだ。あのシオン・ガーシュタインが指名した人物なのだから、知的で、やる気に溢れてて、優しそうで、頼れるような体付きの男性だと思っていた。

「いいです。私が高望みしてただけです」
「そいつはご期待に添えなくてどうもすいませんでした」

 それが何だ。卑屈そうで、ギラギラした眼で、微塵も優しさなんてものは感じられない。そもそも学生服の上から見て取れる身体のラインからは、襲われたとしても負ける気がしない。平均的な高校生の体格ではあるのだろうが、鍛えているのだろうかとさえ思える。
 ついでに言えば、あんなバカっぽい人間とつるんでいるんだから、知的であるはずもないだろう。ため息も出ると言うものだ。

「博士の考えは、やっぱりよくわからない……。ここです」

 聞こえないように文句を呟き、格納庫の一番奥。鎮座する紅い巨人の前で立ち止まった。
 彼女の自信作――といっても、作ったのは外側と操縦システムぐらいなのだが――を誇らしげに見上げ、シャルロットはまたため息をついた。

「私の機体に触らないで。それにそっちじゃなくて、こっち」

 光を反射する真新しい装甲板に、吸い込まれるように近づいていく創を呼びとめ、脇にある黒い大きな箱を手で示す。

「何、それ」
「見ればわかるでしょう? この機体の操縦席。調整するのに取り出してあるんです。
 これからこの機体の起動試験と、シミュレータテストを行うので、一緒にこれに入って貰います。先にどうぞ」

 シャルロットが黒い箱に近づき、その一角に取り付けられてあった小さなハッチを開ける。人一人が滑り込むことが出来るであろう大きさだ。
 そこを手で示し、さっさとどうぞと言った視線を向けると、創が疑問符を浮かべた。

「は?」
「はぁ……。複座、つまり2人で乗る機体なんです。座っているだけでいいですから、先に乗ってください」
「いや、なんで乗らないと……」

 三度、彼女はため息をつきながら簡単を通り越してテキトウな説明を口にする。創の言葉もわからないわけでもないが、あまり乗り気ではない彼女としては、それに対して気を使ってやるという気分になれない。

「いいから。ガーシュタイン博士の言葉が気になるんでしょう? 乗ればわかりますよ。保障は出来ませんけど」

 切り札ともいえる、もっとも投げやりな言葉を使うと、創は観念したように、何か思い悩むような表情のままで操縦席の中にぎこちなく滑り込んでいった。
 面倒くさい。これならばもう少し素直で熱血漢な単細胞のほうがよかった。
 創の姿が見えなくなった後にそう思いながら、彼女は聞こえないように呟く。

「……憂鬱。何で私のGarnetにこんな頭悪そうな男を……」