秘宝館・ミーア様からの御依頼品

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 錆びた鉄の、腐った魚の、濁った雨水の、湿気やカビの、様々な匂いが混じった、思わず顔をしかめてしまうほどに酷い汚臭が漂っている。
 立ち込めるその先――山のように積み上げられた様々なゴミの間を蠢く影を指差し、バルクは微笑んで見せた。
 そこに居るのは、じりじりと地を焦がす太陽とはあまり似つかわない白い肌の少年少女だ。
 彼らは、山と山を行ったり来たり、登ったり降りたりを繰り返しながら、ゴミの中からまだ使えるであろう物を掘り当てては背負った袋に詰め、いっぱいになったころに別などこかへ持っていく。
 それが彼らが得ることの出来た仕事だった。
 この、目を開けていることさえも辛い汚臭の中で彼らは、文句の一つも言わず、楽しそうな笑顔を浮かべながら仕事をしている。
 普通の家庭で、何の疑問も抱かずに育った人間には、とても笑顔などを浮かべられる状況ではないだろう。しかし、これは、彼らにとっては喜ぶべき日常なのだ。
 仕事も何もなく、誰にも看取られることもなく、独りその命に幕を降ろす者だって居る中で、生きるための活力を得ることが出来る。これ以上、何を望むというのか?
 ボクシングを始めとした格闘技でよく使われる、『ハングリー精神』などという言葉が当然のように突きつけられている世界で、生きられること以上の、何を望むというのか?
 人の持つ潜在的な強さ、人であるが故の生への執着、人間の逞しさ、それらを感じさせる生命の輝き。これこそが人間の本質、人間が人間である証明ではないだろうか。

 ゴミの山の脇で消毒液を撒き、小さなテントの下で無料の検診を行っているナースメードの有志たちが見せる美しい透き通った目と、流れる汗を見ながら、バルクは微笑み続ける。
 隣に居る彼女も、気づいてはいないだろうがナースメードたちと同じような、穢れのない純朴な目をバルクに向けている。
 その彼女の言葉に、優しい笑顔を向け、魔術でも詠唱するようなか細い声で返事を詠いながら、流れているリューンの流れを僅かに変える。
 それは大きな流れが支流を作るように、枯れた川に新たな水を引くように、支流が大海に到るように姿を変え、周囲に見えない網目の流れを描く。
 バルクが、一番近いその流れに手を翳し、暖かく優しい、三千世界を探しても存在し得ない言葉を呟くと、無色透明な流れに蒼が差した。
 蒼穹のキャンバスに、スケルトンブルーが描く幾何学的な魔方陣から、小さな、色取り取りの何かがたくさん、優しく降り注ぐ。
 隣に立つ彼女が、足元に降って来たそれを1つ摘みあげる。キャンディだ。赤青黄色、様々な色をした包み紙に包まれたキャンディが、空に刻まれた魔方陣から、ゴミの山へゆっくりと落ちてきていた。
 少年少女が、笑うことも忘れてそれを見ている。まさに、雨のように飴が降り注いでいるのだ。ギャグのような話だが、実際にそれを目の当たりにして笑うことが出来るような人間はそうそう居るまい。

「プレゼントですね?」
「今はこれくらいしかでしてやれませんが」

 嬉しそうな声をあげ、ゴミ漁りを一旦中断して飴玉拾いに勤しみ始める子供達を笑顔で見守りながら、バルクは呟く。
 彼の手にかかれば、ここに豪勢な食事を出す事だってできるだろう。山のような食事を与える事だってできるだろう。しかし、それを今やるわけにはいかない。今それをやれば、出てきたそれを巡って悲惨な事態へと発展するだろう。
 それをするためには、まだ下地の準備が、生活水準の調整が行われていない。

「ありがとうございます。
 私、忘れません。今日見たこと」

 目尻を僅かに輝かせながら頭を下げる彼女へ笑いかけ、バルクは杖で地面を叩く。
 音もなく井戸が競り出てくると、少年達を彼は名残惜しげに見ながら、彼らに背を向けて井戸へ向かった。

「……自分があんまり俗物でいやになりました」

 苦笑しながらついてくる彼女に頷きながら、バルクは井戸の傍らに立って彼女の髪に、自らの細長い指を絡ませる。

「さて、どこかに遊びに行きましょうか」

 頭を撫でられながら、はいと頷く彼女を見ながらも、視線の端に映る少年達に視線が自然と向く。

「…………」

 今はこれが精一杯。
 2人で遠くから彼らを眺め、命の強さを感じながら、彼らに僅かばかりの、いや、一時ばかりの微笑を与える。
 なんと情けない。小さく燃える命の炎に、僅かな火種を与えているだけ。何の解決にもなっていない、単なる時間稼ぎ。ただの自己満足だ;
 しかし、そう。それは『今』の話だ。
 目と鼻の先にあるものを救えずして、何が魔術だ。何が魔術師だ。
 自分を見上げる、彼女の幸せそうな笑みを目に焼き付けながら、バルクは頷き、思考の海で、魔術という名前の祈りを紡ぐ。

 ただ一瞬。
 あの少年達にもいずれ、彼女のような暖かく、優しい笑顔を浮かべられるときが来ることを。

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