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「乗員の方は?」 「予定通りです。が、やはりパイロットの数が流石に一人では緊急時の対応が……予備も含め、せめてもう二人ほど。なんとかならないものでしょうか」 「いまさら無理よ。出港は明後日なのよ? 予定通り、サツキミドリで0G戦フレームを受け取る時までには何人かこちらで確保して置きます。それまでは現状で――」 「しかしですなぁ――」 アカツキ・ナガレは、ネオン輝く街を見下ろしながら、エリナと受話器の向こうにいる男のやり取りに耳を欹てていた。 予測通りの異議申し立てに、エリナも予定通りの対応をしている。 これでいい。要望に応える補充要員としてなら……。 「許可しよう」 「会長!?」 「構わない。プロスペクター君、出港に間に合わせられるのは一人しか居ないが、構わないかね」 「いえいえ! 一人でもこちらとしては十二分でして……」 「ではこれからパイロットのデータを送る。出港までには間に合わせよう。よろしく頼む」 「はい! では!」 プツンという小さな電子音の後でエリナが肩を竦めながらため息をついた。演技の上手い女だ、とアカツキは呆れる。が、すぐに自分も人のことは言えないなと自画自賛に浸りはじめる。 「なにもここまで装う必要はあったんですか?」 「いやぁ……、なんというか。実用性よりも性能で選んだメンバーだからねえ。察しのいいのが居るかもしれないじゃないか」 「しかしそれなら最初から組み込んでおけば……」 「エリナ君」 落ち着いた、静かに響くアカツキの声に、エリナは思わず姿勢を正して硬直した。ガラス越しに輝く月を背にしながら、アカツキは呟くように言葉を紡ぐ。 「…………保険っていうのはね。かけておいて損することはないんだよ」 「いえ、含みのあるようなことを言っても結局は初期乗員に組み込み忘れただけですので……」 機動戦艦ナデシコ―Modification of story― 1話 『男らしく』で行こう! 「やあやあ、おはよう。今日もいい朝だと思わないか、ヒスイ」 大人三人は座れるソファーの真ん中で両手を伸ばし、仰々しく足を組んで座りながらアカツキ・ナガレは二階から降りてきたばかりで寝起きのヒスイを迎えた。壁際に置かれた巨大な時計のは既に十一時を回っており、いい朝というかすでにいい昼というのはもはや、いつものことである。 「……仕事いいのか?」 冷蔵庫から取り出した牛乳をグラスに注ぎながら、ヒスイはその果てしなく偉そうな兄に問いかける。一応、社が定めている出社時間はとうに過ぎている。 「いいのいいの。俺会長だから。今日は特別」 「そうか、今日も特別なんだな。すげぇぜ会長」 部署らしい部署に配属されていない自分こそが例外のはずなんだが……と、思わずヒスイはため息を漏らした。 一般常識を教えられるという名目でアカツキ・ナガレの家で世話になりはじめてから数週間。ウィッグを使うよりも染めたほうが早いと気づきはじめた今日この頃、設定上の兄は設定上の弟の話を右から左に受け流しながらのらりくらりとしている。曰く”焦りは禁物”とのことだが、仮にも一企業のトップに立つ者が毎日これでいいのだろうか。 「それに今日はナデシコの出港日だからね。願懸けって奴さ」 そう言って日の出ているうちから赤いワインの注がれたグラスを傾け、まさに酒飲みという風貌で一気に飲み干す。そんな願懸けがあったなんて初耳であった。 「まあいいけどさ。哀れな弟は今から出社してくる」 黒々と染め上げられている髪に染め残しが無いことを鏡で確認しながら、ヒスイは制服に袖を通して食パンを一枚咥えながら玄関へ向か…… 「ああそうだ、ヒスイ。お前今日からパイロットとしてナデシコに乗艦」 「…………………は?」 ……う足を停止し、ギリギリと視線を彼へ向ける。少しは学習したのか、エリナが肘で急かさずとも彼は続きを話し始めた。 「あー。個人情報は改竄して送ってあるから安心してオーケー」 「そっちじゃねーよ!? 今さっき自分で”ナデシコは今日出港”って言ったろ! 何で今になってそれを言う!」 「忘れてた」 「死ね」 咄嗟にその場にあった観葉植物をヒスイは投擲するも、ゆらりと流水のような動きでそれは避けられ、鉢の割れる小気味のいい音ともに太陽光を反射して淡い輝きを放っていたフローリングの床を腐葉土で汚した。 「あいかわらず冗談通じない奴だな。昨日決めたんだよ」 「そっちこそ冗談であってくれ!」 「いやあ、急な話だったからね。ここから遠くないし」 「直線距離の話をするな! 電車やら車使ったらどっち道遠いわ!」 「その点は大丈夫。ほら、来た」 ガラス戸を開け放ち、彼は空を見上げる。直後、ヘリの騒がしいローターの音が近づいてくるのが聞こえた。 ローター音は家の直上に到達したところで、嵐のような風を叩きつけて周囲の草木を文字通りに粉砕しながら、無意味なまでに広い庭に着陸した。 「どーやら着いたみたいだ。ほら、早くしないと間に合わないよ?」 唖然とした中で、アカツキ・ナガレが芝居がかった身振りで指を鳴らす。 すると、豪快にヘリの横っ腹が開き、豪快な音を上げてその搭載物を露にした。 雪のように白い、一機のエステバリス。ネルガル重工の開発し、俺が訓練だの実験だのと言われて乗っていた人型兵器だ。 「出向ついでにエステの補充もって考えてね。持ってきてもらった。昨日一晩でいろいろオプションを追加して、ついでに反応速度やらも弄ってもらった。文字通り君の専用機に仕上げてある。 さあ、これなら直線距離でいけるだろう」 「それ、あとから付けるか、いっそつけないとかの選択肢を選んで昨日のうちにパイロットと一緒に搬入しておこうって気はなかったの?」 「……」 「そこで黙るな!」 「さあ、行け! 弟よ! 泣き事な後で聞いてやる!」 どこからともなく、颯爽と庭に飛び込んできたオープンカーがアカツキ・ナガレを回収し、再び飛ぶように走り去る。 一瞬、運転席で苦笑するエリナの姿をヒスイは確認できたが、状況の理解が追いつかずに、何か言葉を発する暇もなかった。 「……あー、もう! 律儀な奴だな、俺!」 うがーっと一つ咆哮をあげ、ヒスイは開け放たれたヘリの格納ブロックへ飛び込んだ。それを確認したヘリのパイロットがハッチを閉め、すかさずエンジンに火を入れる。 ローターの回転数が静かに上がっていくのを小刻みな揺れで感じながら、ヒスイはフレームをよじ登る。外装から見たところ、フレームは陸戦のものを使っているようだ。アサルトピットを手動で開こうとした時、爆発にも似た轟音が巻き起こり、微かな浮遊感とともにヘリが飛翔を始めた。 「ったく……。飛ぶ前に一声ぐらいかけろよな」 悪態をつきながら、ヒスイは咄嗟につかんだハッチの取っ手を握りなおしてアサルトピットへ滑り込んだ。各計器類が、まるで彼を待っていたように作動し始める。 「す、ステレオスピーカー……?」 立ち上がったシステムをチェックしているさなか、目に飛び込んできたそれが思わず口に出る。 捨てようかとも思った矢先、ずしんという重い揺れでここがヘリの中だということを思い出した。気にしたら負けか……。ヒスイは自分の心にそう言い聞かせながらIFSを接続した。電気の流れるような一瞬の感覚のあと、エステバリスの眼が、腕が、脚が、まるで自分のものとなったような不思議な感覚が脳に流れ込む。 外部からのエネルギー供給は当然のように存在せず、予備と外付けのタンクを限界まで使用したうえでの稼動限界は二時間の計算。 成程、確かに万が一の場合は、こいつで走っても問題は無さそうだ。そう思ってヒスイは一人頷く。 (もっとも、途中でこのヘリが落ちるようなことがなければ、だが) /*/ 嫌な予感はよく当たると言うらしいが、ここまで当たると腹が立ってくる。 ヒスイはアサルトピットで舌打ちをすると、エステバリスの機体を細かに調整し、エステバリスにとっては十二分に狭い格納ブロックの中でバランスを取る。 アカツキ邸から一直線に向かったネルガルのドックは、今まさに木星トカゲの襲撃真っ只中であった。 それを察知したヘリのパイロットが、できる限り見つからずにドックまでの回り道してくれたのだが、郊外に差し掛かったところで本隊からはぐれたと思われる数体のバッタに絡まれてしまっていた。 幾度目かの爆発とともにヘリが激しく揺れる。しかしローター音は止まらない。外の戦闘音を掻き切るように、けたたましい轟音を響き渡らせている。……のだが、すぐにパイロットからの通信が入った。 「すまない、直撃を貰った。これ以上の飛行は無理だ」 内容とは裏腹に淡々と状況が告げられる。その姿勢が彼の腕前の証明になっているように思えた。小さな揺れが断続的に続いている以上、恐らくはまだバランスを保っていること事態がそもそも不思議な状態のはずだ。 「わかった。このまま落としてくれ」 「了解した。サイドハッチを開く。悪いが進路はクリアされてない……幸運を祈る」 サウンドオンリーと表示されたコミュニケの向こうで律義に敬礼をしている姿が目に浮かぶようで、ヒスイもまた小さく敬礼を飛ばす。 直後、轟音とともに。ヘリの右側面のハッチが開いた。 夜のネオンが全て止められ、暗闇に沈んだ街が覗いた。同時に、濁流のように流れ込む風がエステバリスを地上へと引きずり寄せる。 急激にヘリが傾く。エステバリスの位置がずれ、重心が変わったせいだろう。素早くエステを開かれた右側面へ向ける。 「アカツキ・ヒスイ、エステバリス。出撃する」 両足に備え付けられたローラーが火花を散らして疾駆する。そこからはもう一瞬だった。 金属と金属の擦れる音。微かにそれが甲高い悲鳴を上げたと思った時には、白いエステバリスは宙を舞っていた。 微かな、心地のいい浮遊感がヒスイの全身に降りかかる。目の前を掠めるように飛ぶバッタが、我を忘れて身を任せたくなるそれから現実へ引きずり戻してくれた。 武装はイミディエットナイフが一本。あとはワイヤードフィストも使えるはず。 「スピーカーつけるならラピッドライフルの一丁持たせとけよ……」 口で愚痴をこぼしながら、ヒスイは素早くイミディエットナイフを右手で取り出し、逆手に構える。視線は目の前をぐねぐねと蛇行飛行するバッタから離さない。 こちらを警戒しているのか、それともただ単にこういった動きを命じられているのか。ただ目の前をうろうろと目の前を往復するバッタに対し、ヒスイは無駄のないモーションでナイフを投擲した。 「まずは……ひとつ!」 聞くものの居ない宣言とともに、投擲されたナイフは真っ直ぐ、吸い込まれるようにバッタのど真ん中へ突き立つ。 郊外の空で、小さな爆発とともに新たな戦線が形成され始めた。 |
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